母国で途絶えた夢を日本で実現するシリア出身の若者の話〜活動説明会レポート

世界で紛争や人権侵害などで故郷を追われた人々が多く、避難生活も長期化する一方、これまで多くの難民・避難民を受け入れてきた欧米諸国では、受け入れ制度の見直しや縮小の動きも見られています。日本でも外国人の方を差別・排除しようとする風潮もみられるようになってきました。

パスウェイズ・ジャパンでは、教育を通じて難民・避難民の若者に新しい道筋を日本でつくる取り組みを行なっています。新しい難民・避難民の受け入れの取り組みと、日本で活躍する難民・避難民の若者をより多くの方に知っていただけるよう、活動説明会を開催しています。

当日は、まず、代表理事の折居から、教育を通じた受け入れとパスウェイズ・ジャパンの教育を通じた受け入れのモデルと、今年春に来日した学生も含め最近の活動の状況について紹介しました。

その後、シリア出身のザカリッヤさんが登壇しました。ザカリッヤさんは、シリア出身で、パスウェイズ・ジャパンのプログラム2期生として2018年に来日。沖縄の日本語学校を卒業後、2年間、沖縄の薬局で勤務。その後、専門学校に進学し、現在は企業に勤め、3年目になります。

Q はじめに 日本に来る前の生活の状況とプログラムに応募した理由を教えてください。 
2011年に、シリアの大学の薬学部に入学し、1年生の時に革命が起きました。2,3年生でどんどん紛争になって、2015年に卒業する時、先が見えなくなりました。若者として兵隊に参加するのが義務だったので、まず、卒業した後、知り合いがいるトルコに避難しました。

大学生の3年生の時に、大学の中にある日本センターで日本語を教えているところがあり、センターで少し日本語を学び始めました。簡単なひらがな、カタカナぐらい覚えるようになりました。(避難した)トルコで働いているときに、パスウェイズ・ジャパンの奨学金を見つけて、応募しました。日本語を学び始めてから、日本に行きたいと思っていました。

Q 来日した直後、沖縄の日本語学校に通いました。特に大変だったこと、思い出に残っていることはありますか。
日本語学校は(いま振り返ると)そんなに大変ではありませんでした。日本語学校の授業は短く、4-5時間程度、そのあとアルバイトも5時間でした。アルバイトもすぐに見つかり、生活は大変ではなかったです。また、沖縄の人は、意外と外国人が多くて慣れていたのか、社会に溶け込むことは大変ではなかったです。

生活・社会のことではないですが、日本に着いた時、天気には慣れませんでした。シリアは乾季の天気なので、沖縄に着いたとき、始めの1週間くらい、湿度が高くて苦しい気がしました。

Q 日本語学校卒業後の進路は、どのように決め、準備しましたか。
もともと薬学を勉強していたので、パスウェイズ・ジャパンから沖縄にいるお医者さんを紹介してもらって、そのお医者さんから薬剤師さんを紹介してもらって、日本語学校で学びながら、週一回インターンシップみたいな感じで、休みの日に働いていました。日本のお薬の勉強に、医療用医薬品と一般医薬品などを少し学びながら、1年間ぐらい、毎週土曜日にしました。卒業する前(2020年)、コロナが流行ってたから、薬剤師さんに、帰国にならないように採用してもらいました。

当時多くの学生はコロナで帰国しました。自分はもともと製薬会社に働きたくて、まだ会社も見つからなくて、しばらくは、その薬局で働こうと思いましたので、採用してもらいました。

Q 日本の専門学校に行くことになった理由は?
日本語学校の時は留学ビザでした。薬局では、就労ビザになりましたけど、薬局で働くとき、色々会社を調べて、日本の医療関係の分野は少し、資格を認めにくく、いきなり就職するのはできなさそうなので、直接製薬会社に転職ではなくて、いったん専門学校で2年間学んで、その後は製薬会社に応募しようと考えました。薬局で働いていたとき、いろいろな専門学校を調べました。勉強したい専門学校を見つけた時、また学費のためもう1回奨学金のことを調べて、再び、留学生ビザに変更しました。

Q 日本の専門学校生活はどうでしたか?
日本語学校より、日本の生活には慣れていたのに、少し大変でした。専門学校に通う時間が長くて、一日、短くても6-7時間、8時間を超える日もありました。アルバイトもあります。日本語学校の時は、日本語を学び、宿題はなかなかなかったですが、専門学校の方がレポートがあるし、時間は少し忙しく、なかなか暇な時間がなかったです。また、生活費も、奨学金(の支援額)よりも学費が少し高くて、アルバイトで、生活費も、専門学校の差額も自分の負担になりましたから、それも大変でした。漢字の専門用語も多くありました。でも、2年間は早かったと思います。

Q 就活はどのように進め、志望先の企業を決めていったか教えてください。
専門学校で、マイナビやリクナビにアカウントを作って指導してもらって、さらに学校の中で就職のウェブサイトがあって、学生はみんなアカウントを作って、就職先、学校が紹介してくれる会社に見てもらいます。そのウェブサイトは学生と会社を結びつける、マイナビ・リクナビと似たものですけど、学校の学生専用でした。そのウェブサイトとリクナビ、マイナビ、といろいろ他の就職フェア、パスウェイズ・ジャパンの就活フェアなど、2年生の時に色々な就職活動をして、結局、最後に学校に紹介してもらった企業に勤めることにしました。

Q 日本の企業で働いての感想、大変だったこと、よかったことは何ですか。
最初に学ぶ時は少し大変でしたが、どんどん慣れてきたら、大変ではなくなってきました。慣れたら、時間を早く過ごすように感じてきます。いいことは、製造者ですから、ものづくり、原薬を作りますが、ドラッグストアで、自分たちの会社が製造する原薬の成分を使った商品を見つけたら、自慢します。自分が役に立った製品を見たら嬉しいです。

沖縄で薬局で働き、専門学校の時もドラッグストアで2年間アルバイトして、やっぱりそれよりも、ものづくりの会社で働きたいです。

Q 今後の目標を教えてください。
この会社で、今やっと働くのに慣れてきて、仕事に関する資格を、専門学校で受かっていない資格を、もう一回挑戦しようと思います。

また、仕事以外は、色々と、山登りが好きで、日本の山がいっぱいあるので、日本に来てから山登りを始めて、どんどんあちこちの山を登るようにしたいです。

Q 今、日本社会に外国の人がどういう風にうまく溶け込んでやっていけるか、溶け込めない外国人が増えてるんじゃないかと不安に思う人が増えていて、政治的にも大きな問題になってきています。ザカリッヤさんは、日本に来て、8年になりますが、自分が日本社会で溶け込んでいく、一員になっていく上で大切だと思っていることはありますか。
まず日本語学校に入れば、先生と学校で学ぶことをしっかり学んで、また自分も少しアルバイト中に会話の練習をしました。1番大事なのは、言語です。言語は一番きつい壁で、それを超えたら、後は、日本人は同じ言語で話したら、あたたかく受けてもらうと思います。アルバイトの中でもどこにいっても言語は大事です。

進学をしたければ、先輩に聞いて、試験の準備をしなければならないです。大学に入れば、就職がありますが、生活は楽になると思います。日本の大学の中で学べば、就職できると思います。

沖縄のアルバイト先(ファーストフード)は、日本語学校から近くて、ほとんどがアルバイトで、半分は外国人、また半分は大体高校生でしたから、(職場の)空気がやさしかったです。

Q シリアで大学に進学される方、ザカリッヤさんのように、シリアで教育という形で自分の人生を考えようとしている方はどのくらいいるでしょうか?
日本の薬学部は6年間、シリアは5年間で1年差がありますが、科目はほとんど似ていると思います。どんな国でもそうですが、日本では少し特別な生薬や漢方もあります。大学進学のデータはないですが、30%くらいだと思います。(これから日本に来たい人に必要な支援について)若い人でしたら、自分みたいな感じで、学費が一番問題があります。学費を全てか一部免除してもらえたら、若いシリア人は勉強をよくすると思います。日本語でも、大学でも。大学を卒業したら、就活になって、履歴書の書き方、面接の受け方は、シリアと日本で全然違います。面接の受け方など支援が必要だと思います。大学を目指している方は学費、卒業生の方は、日本語を学びながら就活の支援をしてもらったら助かると思います。

Q 最後に、参加者の方にメッセージをお願いします。
日本人で(難民・避難民の若者の支援に)興味ある方 、外国人の方々でも、ぜひ頑張ってください。日本で頑張ったら、いい未来を作ることができます。ご清聴、ありがとうございました。

今回は、学生、企業、支援団体の方など、様々な方に参加いただきました。パスウェイズ・ジャパンの活動紹介とザカリッヤさんのお話しをうけ、「留学生ビザや特定活動で日本の教育を受けて社会に貢献されている方のお話をお聞きできた」など感想が寄せられました。

パスウェイズ・ジャパンでは、今後も、イベント等の開催を通じて、難民・避難民の若者の姿や教育を通じた受け入れの取り組みについて紹介していきます。ぜひお気軽にご参加ください。

次回は、8月末ごろ開催予定です。開催が決まった際は、メールマガジンでお知らせします。
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