世界難民の日に寄せて:難民留学生の声

6月20日は世界難民の日です。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が発表した「グローバル・トレンズ・レポート2022」によると、2022年末時点で、紛争、迫害、暴力、人権侵害により避難を余儀なくされた人は、1億840万人に上り、昨年からの増加は1,910万人増と過去最大でした。出身国の上位はシリア、ウクライナ、アフガニスタンがしめています。日本でも、2021年からウクライナ、アフガニスタン、ミャンマー等からの難民・避難民を多く受け入れるなど、難民受け入れが変化してきています。

パスウェイズ・ジャパンでは、これまで、シリアから39名、アフガニスタンから8名、ウクライナから108名、合計155名の教育機関での受け入れを実現してきました。パスウェイズ・ジャパンのプログラムで来日し、日本語学校や大学で学ぶ3カ国の難民留学生の声をご紹介します。

シリア/アブダッラさん
2011年に勃発したシリア紛争で故郷を離れたのは 11 歳の時でした。その後、国内の別の町に逃れ、イエメン、サウジアラビア、トルコを経て、勉強を続けるために、19 歳で単身来日しました。日本に来て 4 年。最初は苦労しましたが、やっと、ここに根を張り、安心して暮らせるようになってきました。今は、大学で情報電子工学を学んでいます。戦争で負った心の傷は簡単には癒えないですが、難民となる経験をしたことで自分は成長できました。自分の力を生かして社会でチャレンジできるのは、社会が平和だから。平和な時間は貴重なもの。だから、その時間を大切に生きたいし、そう生きることは、平和な社会で生まれた者の責任だとも感じています。  

アフガニスタン/ヴァズィリさん
2021年 8月、アフガニスタンで前政権が崩壊した後、女性は就労や教育が禁止されました。私は仕事を失い、通っていた大学院修士課程も諦めざるを得なくなりました。そして、P J のプログラムに参加して祖国の状況から逃れることを決意しました。今はアルバイトをしながら、日本語を必死に勉強しています。冷凍倉庫で作業する仕事ですが、アフガニスタンで寒さには慣れているので、冷凍庫の寒さぐらいは大丈夫です。卒業後は就職して、日本社会の一員となりたいと思っています。

ウクライナ/リリアさん
2022 年 2 月 24 日、ロシアによる爆撃で私の生活は一変しました。当時は首都キーウの大学で日本語を学んでいました。日本語教師になることが夢でした。日々戦況が変わる中で、将来への不安ばかりが募りました。日本語ができて、何の意味があるのかと悩みました。でも、日本に来て、夢を取り戻すことができました。大学では、日本人の友達もでき、授業では役に立つ日本語が勉強できています。気がかりは、母国に残る両親。爆撃のニュースを見ると、家族の安全が常に気になりますし、帰りたい気持ちはあります。でも、ここ日本で勉強し、将来の道を切り拓いていきたいと思っています。

また、シリア出身で、日本語学校での2年間のプログラムを終え、それぞれの進路に進んだ留学生のインタビューも掲載しています。こちらをご覧ください。

受け入れ時の十分な日本語教育と高等教育の提供を通じて、卒業生たちは就労し、日本で自らの道を切り拓き、自立した生活を送っています。今後も、新たな土地で未来を拓こうとする1人ひとりの留学生を支援しながら、教育機関や企業、支援者のネットワークを広げ、日本社会への難民受け入れのモデルを提示していくことを目指していきます。