2024年に来日し、日本語学校卒業後、大学に進学しました。

女性であり、かつアフガニスタンのハザラという少数民族の一員として、私は幼い頃から、自国では多くの制約や障壁に直面することになるだろうと悟っていました。そのため、私は海外で学び、羽ばたき、自分の真の可能性を見出したいと夢見るようになったのです。
この旅の準備をしていた矢先、アフガニスタンの歴史上最も悲惨な出来事の一つが起きました。タリバンが国を掌握したのです。一夜にして、すべてがまるで悪夢のようで、私は必死にそこから目覚めたいと願いました。この悲劇は、アフガニスタン全土の何千人もの若い女性たちに影響を及ぼしました。女性たちは、高等教育、就労の権利、言論の自由、さらには国立公園などの公共の場所への立ち入りなど、最も基本的な権利の一部を剥奪されました。残念ながら、アフガニスタンは今もなお、この暗い現実から目覚めてはいません。
タリバンが支配権を握った後、家族と私は隣国であるイランへ移住することを決めました。他の多くのアフガニスタンの家族とは異なり、私たちは幸運にもイランで暮らすことができ、そこで私は学業を続け、自分の目標に向かって努力することができました。
イランでの生活も比較的落ち着いてきてはいたものの、私は依然として、より多くの機会があり、女性にとってより支援環境が整った国で高等教育を受けたいと夢見ていました。正直なところ、日本が留学先として頭に浮かんだことは一度もありませんでした。しかしある日、「パスウェイ・ジャパン」の奨学金プログラムを知り、応募することにしました。採用が決まり、このプログラムを通じて、沖縄にある日本語学校を紹介されました。
当初、沖縄についてほとんど何も知らなかったうえ、本土から遠く離れていることもあって、自分の決断に不安を感じていました。それでも、自分に挑戦し、このチャンスをつかむことに決めました。今振り返ってみると、沖縄に来ることができた私は、本当に幸運な人間だったと心から思っています。沖縄は、温かさと文化、そして人々の優しさと寛大さに満ちた場所となりました。そこで過ごした2年間、私は忘れられない思い出を作り、素晴らしい人々に出会い、沖縄の歴史や文化について多くを学びました。
現在、私は東京にある大学の教養学部に在籍しています。私がこの大学を選んだ主な理由の一つは、その充実した教養教育プログラムにあります。このプログラムでは、学生が専門分野を絞る前に、さまざまな学問分野を探求し、自分の情熱を見出すことができるからです。
大学生活は刺激的であると同時に、困難も伴うものです。留学生として、全く異なる学業環境や社会環境に適応しつつ、勉強と日々の生活とのバランスを取らなければなりませんでした。しかし、こうした経験を通じて、私はより自立し、困難に負けず、柔軟な考え方を身につけることができました。
私の将来の大きな目標の一つは、オンラインプラットフォームを通じて教育の機会を提供する団体を支援し、アフガニスタンの若い女性たちを支えることです。現在、多くの少女たちが教育を受ける機会を奪われているため、私は自身の経験と学びを活かし、将来、他の人々に機会と希望をもたらす手助けができればと考えています。
最後に、日本での留学生活を通じて、多大な支援と指導をいただいたパスウェイズ・ジャパンに、心より感謝申し上げます。支援のおかげで、私の人生の方向性は一変し、数々の困難に直面しながらも、夢に向かって歩み続けることができました。

